1:2015/07/29(水) 20:53:06.77 ID:
私たちの恨と日本の「恨み」はニュアンスが異なる。それを同じと考えて誤解が生まれた。韓国の大国化と相まって日本の嫌韓論が出てきた。
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▲麗蒙聯合軍の侵攻を描写した日本の記録「蒙古襲来絵詞」の一部。爆発する玉は日本が初めて経験した火薬兵器「鉄砲」、その衝撃は壬辰倭乱の時に朝鮮が初めて見た鳥銃に匹敵した。
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▲麗蒙聯合軍が良民を虐殺し婦女子を拉致する場面を描写した20世紀始めの日本画。麗蒙聯合軍のが日本に残したトラウマは強力で「モクリコクリ」という言葉を作り出した。

私的報復を認める文化

日本の嫌韓論者らは私たちの‘恨’を‘恨み’と翻訳した。恨と恨みは同じ漢字を書くが概念は全く異なる。韓国人の‘恨’は自分の運命に対する強烈な心残りと悔しさ、そして忍耐を優先して‘残念で悲しい’感情を強調する。一方、日本人の‘恨み’は他人の処置に‘憤慨して憎悪する心’が強調される。やられたら必ずやり返えさなければならない‘怨恨’に近い概念だ。

両者の解決方式も違う。これは両国の代表的古典を読んでもその差が分かる。韓国の‘薔花紅蓮伝’は無念の死を遂げた姉妹の恨を新しく赴任した地方官が殺人者の継母と腹違いの兄弟を処罰することによって解決する構造だ。姉妹の怨みの霊は新任官吏の公式手続きを通じて正当さが証明されたので恨みをはらすことができた。

韓国は中央集権体制と朱子学的倫理観に浸かったせいなのか合法的手続きが欠如した直接的な復讐をダブー視する傾向がある。相手が懺悔してそれを被害者が受け入れるだけで解決される構図が多い。しかし、日本式の話の構造では大きく異なる。姉妹の怨みの霊が継母と腹違いの兄弟を直接懲らしめて‘結末を見届ける’ストーリーになっただろう。

恨みと関連した日本の代表的古典に‘忠臣蔵’がある。‘忠臣蔵’の主人公の武士は、幕府の官吏に侮辱されたことに抵抗した彼らの主君が切腹を命じられて領地が没収される事件を体験し、主君の恨みをはらすために幕府の官吏に直接復讐して自首した後切腹する。私たちだったら最後まで中央政府に直訴して王命を待ち、それによって党派争いが起きる構図だっただろう。

日本は戦国時代の混乱期に司法体制が崩れたので、個人の直接的な復讐を‘自力救済’という論理で賛美する文化ができ、このような作品が人気を得たと見られる。従って基本的意味と解決方式が異なる韓国人の恨を日本語の恨みに直訳すれば誤訳になる。日本の嫌韓メディアは韓国人を‘恨みの民族’と強調し、韓国人に対する日本人の不安と嫌悪を拡大再生産する。韓国人が過去の歴史の恨みをはらすためにまた元寇になって復讐するという論理飛躍まであえてする。韓国人の恨解決方式を彼らの恨み解決方式と同一視したのだ。

機械的な平等に執着する日本

‘千年の恨’に対する誤解には歴史的事実や言語のニュアンスの差だけではない考え方の違いも存在する。韓国は朱子学的名分論によって絶対的‘正義’を区別して独占しようとする。極端に比喩すれば自分の過失が49%で相手の過失が51%である場合、自分が正しいのは2%にすぎないのに、相手は‘絶対悪’、正義は自分だけにあると強調する。相手にそれなりの名分と習う点があっても全部無視してしまうのだ。

>>2-5のあたりに続く

キム・ヨンリム日本通信員

ソース:東亜日報ブログ(韓国語) [キム・ヨンリム]パク・クネ「千年の恨」対する日本の巨大な誤解②
http://blog.donga.com/milhoon/archives/6045