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:2015/08/13(木) 10:29:33.19 ID:
【コラム】韓国人は安倍談話でなく朴槿恵談話を待っている 
 
韓国の70年は偉大 その国の大統領がなぜ他国の談話を気にするのか
他国批判でなく韓国のビジョンを 太極旗なびく中で感動のスピーチ聞きたい

 韓国のように今年を「光復70年」として記念する国はどれだけあるだろうか。見つけるのは意外と難しい。戦争に勝っても負けてもほとんどが終戦70年として記念する。光復とは植民地の国権回復、終戦とは第二次大戦の終結を意味する。70年前の世界には70以上の植民地があった。それでも終戦と同時に国権を回復した国はほとんどない。

 「敗戦国の植民地」という言葉は、当時の韓国のアイデンティティーを最もよく説明する表現のようだ。第一次世界大戦敗戦で植民地を失ったドイツとは違い、同大戦の戦勝国だった日本は韓国と台湾を植民地として支配した。このうち台湾は第二次世界大戦後、戦勝国の中国に元通り帰属した。だから台湾は独自の政府を持つ今も、当時を解放ではなく戦勝日として記念している。戦勝国が支配した大多数の植民地は、光復まで数年かかっている。例えばフィリピンは今年光復69周年、インドは今年光復68周年に当たる。

 先にもたらされた光復は祝福だったのだろうか。「戦勝国の植民地」の一部がたどった道を考えると、そういう側面もある。インドネシアとベトナムは第二次世界大戦で勝利した支配国と長い間戦争をした。こうした歴史を見ると、独立運動家でキリスト教思想家でもある咸錫憲(ハム・ソクホン)の言葉がなぜ同時代の人々の共感を読んだのかが理解できる。「私たちが眠っている間に泥棒のようにやって来た」光復は「天が直接民衆に与えた解放」だった。

 しかし、「敗戦国の植民地」が享受した喜びはそれだけだった。終戦と光復のすぐ後に韓国にやって来たのは南北分断と戦争だった。その傷は2世代が過ぎた現在まで多くの韓国人の胸に残っている。「戦勝国の植民地」だったら韓国はこうしたことを経験しただろうか、と考えてみた。もちろん、インドやベトナムのような宗教・理念などの問題で分断と戦争を経た国もある。しかし、少なくとも敗戦国でない国を戦勝国が最初から二つに分け、分断の構図を描いた過酷なケースは韓国以外に思い当たらない。

 かなりの数の「戦勝国の植民地」は光復後、戦勝国の地位を継承するぜいたくも味わった。日本と連合国が1951年にサンフランシスコ講和条約を結んだ時、ベトナム・カンボジア・フィリピン・インドネシアなどかつての「戦勝国の植民地」も連合国の地位を継承した。連合国は当時50カ国余りに達していた。早々に敗戦したおかげで連合国の「最終列車」に間に合ったイタリアも戦勝国の恩恵にあずかった。国民党の支配で独立した台湾(中華民国)も例外ではなかった。

国際部=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)部長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/08/13/2015081300706.html