韓国 国旗 
(イメージです。)


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:2016/03/12(土) 23:34:48.70 ID:
「韓民族が建国した最初の国家は古朝鮮以前の桓国である。桓国はユーラシア大陸全体を支配する大帝国だった。古代中東のシュメール文明の正体も桓国12連邦中の一部「須密爾(スミルイ)国」だ。ハングルの起源は紀元前22世紀に作られた古朝鮮の‘カリムト文字’で世界一古い文字だ。高句麗、百済、新羅三カ国は中国大陸にあった。清の建国者ヌルハチは新羅の後えいだ。ヌルハチの姓は愛新覚羅だが、これは「新羅を愛して記憶せよという意味」だ。

これらの真実が知られていないのは植民史学の後えいらが韓国の歴史学界を占領したためだ。植民史学の後えいらが韓民族の偉大さを隠して歴史を操作している。」

‘韓国史の隠された真実’、‘本当の韓国史’等の名前で伝えられた内容だ。根拠不明で学界が認めない内容だ。‘在野歴史学’等と呼ばれて1980~1990年代に大きく流行したが2000年代になって以前より人気を失った。インターネットの発達で資料や論文に接する機会が増え、専門家たちが積極的に論争に参加するようになった影響が大きかった。

荒唐無けいな内容を入れた古代史に心酔した人々を侮辱する‘ファンパ’という表現も作られた。古代史論争がまた浮上した。今回は歴史学界が火ぶたを切った。先月末出版された季刊<歴史批評>春号は「韓国古代史と擬似歴史学批判」という企画で三編の文を載せた。主流歴史学界を植民史学として、古代韓半島にあった国家の領土や影響力を強調する主張を‘ファシズム’に基づいた‘擬似歴史学’と名前づけた。

契機は昨年末、中等歴史教科書国定化転換と東北アジア歴史財団の韓国史地図中断事態だ。パク・テギュン<歴史批評>編集委員は「国定教科書は古代史と近現代史の記述で社会的論争を起こす可能性が少なくない」と明らかにした。パク委員は「(古代史と関連して)在野史学者らの主張が歴史的考証も正しくされていない状態で民族主義の名の下に一部の国会議員と一部進歩的知識人の呼応まで得ている」とし、‘擬似歴史学’の影響で歪曲された古代史認識が教科書問題だけでなく韓・中関係とも関連すると見通した。
(中略)

「楽浪郡」の位置はどこか?

韓国史の歴史地図は‘楽浪郡の位置’が問題になって中断された。いったい「楽浪郡」の位置がどうして在野史学界が問題提起して国会まで介入することになったのだろうか。(中略:楽浪郡の説明)実学者らは主に文献を通じて楽浪郡の位置を推測し、‘民族的自尊心’の問題ではなかった。日帝強制占領期間、楽浪郡の存在は朝鮮は昔から中国の支配を受けた証拠として朝鮮人は他の民族に寄り添って生きなければならないという‘他律性論’の根拠になった。それにより「楽浪郡は韓半島内にあってはならない」という考えが民族主義者の間で生じた。

論議の余地は残るが楽浪郡の位置は平壌(ピョンヤン)で合意される姿を見せる。東北アジア歴史財団もこの見解により楽浪郡の位置を平壌と表記して‘植民史学’という非難を受けた。楽浪郡が韓半島の中にあったからといって‘屈辱’と受け入れる必要はないと研究者らは話した。アン・チョンジュン氏(延世大博士課程)は<歴史批評>に書いた文で「楽浪郡支配層の墓を調査すればこれらが大部分、古朝鮮土着民であった事実を知ることができる。古朝鮮滅亡後も土着勢力が崩壊しなかった証拠」と明らかにした。土着民の協力なしでは政権が400年も持続することはできない。

文化は互いに交流するから楽浪墓から中国のぜいたく品が発見されたとしても‘支配’の結果ではなく‘交流’の跡と見るのが妥当だとアン氏は説明した。この観点から楽浪郡は中国が一方的に古朝鮮を支配した証拠ではなく両者が交流して新しい文物を作り出した証拠と見なすことができる。

パク・ウンハ記者

ソース:京郷新聞(韓国語) 擬似歴史学はなぜ危険なのか?(部分訳)
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201603121440251&code=940100