韓国 
(イメージです。)


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:2016/03/17(木) 20:49:35.53 ID:
 ■筑波大学大学院教授・古田博司

 最近、第2期日韓歴史共同研究委員会(2007~10年)日本側委員たちに、当時の韓国側総幹事である鄭在貞氏(ソウル市立大教授)から、著書が送られてきた。『日韓〈歴史対立〉と〈歴史対話〉』(新泉社)という本で、日韓歴史共同研究について多くのページを割いている。

 同研究委員会は日韓両国首脳が合意して始められ、日韓の歴史を両国学者が共同で研究する事業である。特に第2期は古代、中近世、近現代に加えて、「教科書小グループ」を新しく設け、両国の歴史教科書の記述ぶりについても検証し、共通認識は教科書編集過程で参考にし、おのおのの教科書制度の枠内で努力することとしたものである。筆者が教科書小グループの日本側のチーフだった。

 ≪政争の材料とされた歴史教科書≫

 ところが著作では、「今回の共同研究の目標の重要な一つは、歴史教科書の記述を支援することであった」(249ページ)と、参考程度の教科書記述ぶりの結果が、重要な目標にされてしまった。それならば「日韓歴史共同研究委員会」は「日韓歴史教科書共同研究委員会」になってしまうだろう。

 驚愕(きょうがく)するのは、第2期は「安倍政権に移行し、自身と同じ傾向の歴史認識をもつ委員を委嘱しようとし、人選が難航した」(251ページ)と、虚偽を重ねていくことだ。委嘱をしたのは外務省で、ゆえにコリア史専門でないが、歴史全体を見わたせる著名な歴史学者も入っているのである。

 以上から分かることは、韓国側がこの共同研究を歴史教科書を巡(めぐ)る政争と、当初より位置づけていたということである。だからこそ「二回の共同研究がそれほど成功しなかったのは研究委員の構成に問題があったからである。(中略)日韓両国が互いに協議して委員を選任すれば、共同研究の過程で無用な摩擦と対決を減らすことができる」(258ページ)と、自己に都合のよい委員を引き入れることまで提言する。

 ≪親北左翼政権を見越した提案?≫

 そもそも韓国が歴史教科書を巡る政争を日本に仕掛けてくるのは、親北左翼政権下の時に限られている。過去2回は01年の金大中氏と05年の盧武鉉氏の政権時であった。北朝鮮に国家支援や秘密支援を送り、韓国が北の経済を支える時代である。その時代には北に同調する分、国内の不満を積極的に日本へと向けてくるのである。

 総幹事・鄭在貞氏は、次が親北左翼政権になることを見越して、第3期日韓歴史共同研究委員会を提言しているのであろうか。政争が起こるたびに関わり、政治的なポジションを高めていくというのは、コリアの学者の行動パターンの一つである。これには李氏朝鮮の儒学者・張維(1587~1638年)の自己批判がある。

 「中国には学者がいるが、わが国にはいない。蓋(けだ)し中国の人材は志が頗(すこぶ)る並みでない。志のある士大夫であれば心から学問に向かい、好むところ学ぶところも同じではない。そこで各々(おのおの)が往々にして実を得るのだが、わが国は違う。齷齪(あくせく)と縛られ、未(いま)だにみな志がない」(『谿谷漫筆』巻之一)

 李朝の宮廷では、朱子学の諸説を巡って士大夫(官僚)たちが偉くなろうと政争を繰り返していた。今は植民統治の研究を巡り、政争を繰り返しているのである。

>>2以降に続く)

(ふるた ひろし)

産経ニュース 2016.3.17 11:01
http://www.sankei.com/column/news/160317/clm1603170007-n1.html 
 
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