韓国 
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:2016/03/26(土) 21:51:43.33 ID:
日本政府は「慰安婦」「強制動員」はなかったと再び主張した。本当にそうだろうか?文書の証拠はなくとも「強制的な」慰安婦動員は実際にあった。慰安婦証言集に出てくる被害者、チェ・キルレさんは軍服を着た二人の男によってわけも分からないままトラックにのせられ満州に引きずられて行って金網の張られた軍部隊内で苦難に会ったと証言した。証言集には強制動員事例がたくさん載っている。

それでは日本政府が「強制連行」を極力否認する理由は何だろうか?被害者らを「自発的」「慰安婦」にすることによって国家責任をまぬがれようとしているのだ。一部、日本右翼は女性が自発的に売春女性になったとすれば、これは単なる自由な取り引きで問題にならず犯罪でもないと主張している。しかし、彼らが注目するのはひたすら慰安所に入った時点での強制性有無だ。慰安所内で起きた強制性は無視する。

しかし、日本のこういう戦略は説得力がない。すでに四半世紀前に「慰安婦」問題は黙認される「必要悪」ではなく処罰すべき「性犯罪」と再認識されるパラダイム転換が始まったからだ。従って強制連行を否定する彼らに怒る理由はなく、「それでは国家政策ではなかったのか?」と落ち着いて問い直せば良い。

一方、動員の強制性に対する執着は日本の右翼だけに見られるのではない。被害者を「自発的」売春婦と規定する日本に対する韓国社会の対応は被害者が「強制的に引きずられて行った」「純潔な娘」というものだった。しかし「強制性」に対する注目は自発性を口実に売春女性を差別する論理を含んでいる。純潔性を強調するのは女性だけに要求される二重的性規犯を前提にする。同じ家父長的論理によって被害者らは帰国後、長く家族と夫によって排斥、無視されたし離婚された。

被害者らの多様な背景を認めなければならない。被害者の中には強制的に引きずられて行った場合だけなく、だまされてついて行った場合、知人によって売られた場合もあって売春婦もいる。このような多様性を認めないまま制限されたいくつかの典型で被害者を再現するのは「慰安婦」問題を単純化しかねない。

「強制的に引きずられて行った花の様な娘」という被害者モデルに対し慎重でなければならない理由がもう一つある。被害者の経験をありのまま尊重する必要があるからだ。ある被害者らの経験は典型的な被害者イメージに合うという理由で前面に浮上し、別の経験はそうではないという理由で見過ごされたり沈黙されたりしかねない。

慰安所制度の違法性は被害者動員の方法だけでなく、慰安所の中で彼女らが避けられなかった性的強制と監禁、望まない妊娠と堕胎など人身を拘束された点にある。従って慰安所内にいた女性は彼女たちが自分の足でついて行ったか強制的に引きずられて行ったか、10代少女か20代か、既婚女性か娼婦であったかにかかわらず、みなが同等な被害者に違いない。日本の国家政策であることは被害者の動員方法や背景と関係ない。

<キム・ジョンナン、ヨ・ソンハク博士>

ソース:コリアタイムズ(韓国語) 慰安所の違法性
http://www.koreatimes.com/article/20160325/978127