1:2016/05/07(土) 00:59:26.06 ID:
古くさい質問が最近また提起された。質問は「1960年代初期、同じく後進国だった韓国・ガーナ・フィリピン・パキスタンが今日、全く違う姿である理由は何か」だ。様々な答えが可能だ。スタンフォード大で経営学修士(MBA)を受けたガーナ人にこういう話を聞いたことがある。「英国と日本の植民支配の違いだ。英国はガーナを搾取し日本は韓国によくした。このような差が今日のガーナと韓国の差を産んだのだ。」記者はこの言葉に猛烈に反対する。

最近、韓国語翻訳されたジャレド・ダイアモンド教授の『昨日までの世界』もこの問題を部分的に扱う。また、同じ質問を‘文明衝突論’で有名なサミュエル・ハンチントン(1927~2008)ハーバード大教授が訊ねたことがある。今回、ダイヤモンド教授はガーナと韓国の差が農業・文字・金属道具・中央政府にあると説明した。

「問題は経済だ、バカ(It’s the economy、stupid)」と1992年当時、ビル・クリントン民主党候補の選挙戦略家が核心を要約したようにとても簡単に説明できるのではないだろうか。「ガーナと韓国の違いは朴正煕(パク・チョンヒ)だ、バカ」と叫びたい衝動は常に強力だ。パク・チョンヒ元大統領は不動の‘韓国産業化の父’だ。しかし、パク元大統領に産業近代化球の100%を付与することはちょっと難しい。簡単な答は常に現実を歪曲する。他にも重要な要因が多い。

例えばすでに知られたことでこういうものがある。まず韓国は一人当り60~70ドルの国民所得から始まったわけではない。旧韓末にも一人当りの所得が600~700ドル程度だった。1人当りの所得が日帝強制占領期間の時、ちょっと上がって6・25(朝鮮戦争)という惨禍を体験してちょっと低くなった。「パク・チョンヒ元大統領の指導の下、60ドルから1000ドルに奇跡的な成長をした」という認識は一種の‘錯視現象’だ。

二番目、民族国家の要因がある。訓民正音解例本(1446年)に見れば「国の言葉が中国と違い文字が互いに合わない・・・」とされている。‘朝鮮末は明国の言葉と違う’ではなくずっと以前から、遅くとも15世紀から‘我が国の言葉は中国の言葉と違う’‘我が国は中国と違う’という認識があった。

私たち民族初の国家である古朝鮮は紀元前2333年に建国された。建国年には異論があるが、最小限、古朝鮮が滅びた紀元前108年以前に我が国には国家があった。また、676年、新羅による第一次三国統一、936年、高麗による第二次三国統一以来、我が国はおおむね‘単一’民族国家を維持してきた。また、それ以前の5世紀にすでに「いっそ鶏林(ケリム)の犬や豚になっても倭国の臣下はならず、いっそ鶏林の罰を受けても倭国の位で禄を食まない」とある新羅の忠臣、朴堤上(パク・ジェサン、363~418年頃)がいた。

民族国家は西欧歴史の産物で韓国をはじめとして世界の残りは民族国家観念を輸入しただけという観念には相当な無理がある。ダイヤモンド教授の指摘のように我が国には1957年独立を宣言したガーナとは違い、中央政府が非常に早く登場した。いくら遅くとも936年からあった。新羅・高麗時代から科挙制を導入して能力主義(meritocracy)により客観的に官僚を選ぼうとする試みがあった。我が国にも部族連盟体の時期があったがとうの昔に‘清算’した。相当数のアフリカ国家はまだ事実上、部族連盟体を脱離できずにいる。歴史に飛躍はない。

三番目、文明圏の要因がある。同じ儒教文化圏に含まれた国家は市場経済を通じて米国とある程度関係が正常化した後はみな高速成長を経験した。日本に続きいわゆる東アジアの‘四虎経済(four tiger economies)’である韓国・香港・台湾・シンガポールはみな急成長した。ちょっと遅く始めた中国・ベトナムも成長がはやい。こういう状況で韓国だけ経済的に遅れをとったとすれば、とても変に見えるだろう。同じ理由でもし北朝鮮が核をあきらめて、米国と関係正常化し、中国・ベトナムのように市場経済を導入すれば、高速経済成長を成し遂げる可能性が大きい。
(中略)

21世紀は我が国がシリコンバレーのようになるためには何をすべきか問う。また、今日、継承しなければならない‘パク・チョンヒ精神’の本質についても問う。まず政治家たちと学者がこの質問に答えなければならない。この質問にまともに返事ができなければ、22世紀の学者は隆起した大韓民国が墜落した理由を調べることになるだろう。

キム・ファンヨン論説委員.

ソース:中央日報(韓国語) [世の中読み取り]ガーナと韓国の本質的な違いは何か
http://news.joins.com/article/19987748