1:2016/05/06(金) 22:48:11.03 ID:
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SBS取材ファイルプラス、アン・ヒョンモです。1946年5月3日は東京で戦犯裁判が開かれた日です。第二次大戦中、日本軍が犯した数多くの戦争犯罪が暴露されてから今年で70周年をむかえましたが、日本国内では新聞でも特に扱われず、被害者の痛みをもう一度見直す必要があるという自省の声はほとんど聞こえませんでした。チェ・ホウォン特派員の取材ファイルを見てみます。

何と2年6カ月間続いた東京戦犯裁判には証人419人、陳述書779個、証拠文書4,336個が提出され、全体で100人を越える各国の検事たちが国際検察国を構成しました。しかし、我が国は11個の原告国に含まれず、ただ一人の検事も捜査官も派遣できませんでした。

裁判開廷3年前から開設された国連戦犯委員会の調査団も日帝時期、我が国の被害はまともに調査しなかったのです。韓半島で起きた日帝の蛮行は国際的な調査はもちろん正式起訴もされなかったのです。

代わりに、満州国建設と中日戦争の発端になった盧溝橋事件の背後が暴露され、南京大虐殺と真珠湾攻撃、また、中国とシンガポールなどの占領地で行われた虐殺と残酷行為についても審判されました。

判決文朗読は1週間続き、絞首刑が7人、終身刑が16人でした。そうかと思えば日本の他でも15,600人余りが戦犯容疑で起訴され、そのうち4,400人余りが有罪判決を受け、1千人余りが死刑に処されました。やはり我が国の事例は入りませんでしたが、ここには東南アジア一帯での慰安婦関連起訴もありました。

ヒロヒト日王が起訴対象からはずれ、737生体実験部隊(訳注:731の誤記と思われる)と戦争に協力した日本企業の捜査が不足だった点から裁判が終わった後も少なからぬ批判があふれました。

ところが歳月が流れた今、追加断罪どころか、A級戦犯を犯罪者と決めつけることができないとし、東京裁判を再評価する動きが起きているかと思えば、日本国内では戦犯の姿が順次偶像化されさえしながら戦争被害者らの苦痛が分からない戦後世代を狙ってA級戦犯の写真が印刷されたTシャツが売れるほどです。

[マサヒコ・ミエハラ/靖国神社参拝客:現政治家たちはバカです。なぜ韓国や中国に謝罪しなければならないんでしょう?すでに終わった戦争に対してね。]

昨年の終戦70年談話で安倍総理は次世代の子供たちに謝罪を継続する宿命を負わせてはならないと言いました。日本社会ではこれ以上、歴史に対する反省は必要ないという認識が早く広がって憂慮が膨らんでいます。

ソース:SBSニュース(韓国語) [取材ファイルプラス]東京戦犯裁判70年周年…韓国はどこに?
http://news.sbs.co.kr/news/endPage.do?news_id=N1003560366