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▲1900年度光化門(クァンファムン).<出処=ソウル市>

1910年8月、国権剥奪と共に大韓帝国は滅亡した。そして1945年8月15日、光復に至るまで35年間、日本は韓国を植民地統治した。今の'ソウル'ではなく'京城'と呼ばれた時期、日本は植民首都京城をどのように作ろうとしたのだろうか?

18日、ソウル歴史編纂委員会は京城府(現ソウル市)が発行した都市計画書「京城都市計画調査書」を翻訳した「国訳京城都市計画調査書」を発行した。去る1928年、京城府が発行したこの本は朝鮮総督府新庁舎を景福宮(キョンボックン)の内側に移転後、日帝の都市計画の推進方向がそっくり含まれている。

第1章は京城府人口増加率予想と都市計画の概要を説明している。
第2章は各地域の商業・工場・公園地区に対する情報が表で整理されている。
第3章は電車路線と道路網構成と共に当時の交通量現況の調査がされている。
第4章は植民本国都市である大阪の例をあげながら区画整理に関する内容が記述されている。
第5章は都市計画に必要な財源の用意について書いており
第6章では電車と電気など都市インフラ施設に対する内容が含まれている。
第7章には都市計画関連法令が記述されている。

しかし、この本には都市の美観と交通の流れを円滑にすることにだけに焦点を合わせ、開発によって外部に押し出される住民たちの生活問題にはほとんど言及していない。

ソウル歴史編纂院は「彼らの構想を通じて植民当局の都市計画が住民たちの福利ではなく、開発と効率だけを重視する姿勢をのぞくことができる。窮極的に日帝強制占領期間、各種の弾圧と収奪が都市計画的な側面でも作動していることを見せる」と説明した。

この本はソウル新庁舎地下1階にある'ソウル本屋'で購入でき、上半期中にソウル歴史編纂院ホームページで電子ブックで閲覧できる。

パク・ジュンヨン記者

ソース:環境TV(韓国語) 1920年代日本が夢見たソウルの姿は?
http://www.greenpostkorea.co.kr/news/article.html?no=61059
 
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