韓国 
(イメージです。)

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:2016/05/22(日) 16:38:36.05 ID:
朝鮮半島の高句麗の滅亡前後に王族・若光ら高句麗人が渡来して定住した高麗(こま)郡が埼玉県日高市周辺に設置されてから1300年を迎えたことを記念する式典が21日、同市文化体育館「ひだかアリーナ」で開かれた。

式典に出席した韓国の南景弼(ナム・ギョンピル)京畿道知事(51)はあいさつで、「韓国、中国、日本を(地理的に)見ると、韓国が真ん中に挟まれていると見られるが、米国など世界に視野を広げると、韓国と日本は共に(行動)しなければならない」として、「その協力を日高市から始められると思う」と述べた。京畿道が伝えた。

南知事は「韓国と日本は未来へ進まなければならない」と強調。「朴槿恵(パク・クネ)大統領と安倍晋三首相が(若光をまつる)高麗神社で首脳会談を開催することを望む」と期待を示した。

与党セヌリ党改革派のリーダー格とされる南知事は昨年11月、高句麗古墳壁画に描かれた騎射の様子を再現する「高麗王杯 馬射戯~MASAHI~騎射競技大会」にも出席し、両国関係の改善を訴えた。

聯合ニュース2016/05/22 【ソウル聯合ニュース】
http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2016/05/22/0400000000AJP20160522000100882.HTML
 
=管理人補足=
高麗神社 (こまじんじゃ);
埼玉県日高市に鎮座する神社。旧社格は県社。
668年に唐・新羅に滅ぼされ亡命して日本に居住していた高句麗からの帰化人を朝廷はこの地に移住させた。703年には高麗若光が朝廷から王姓が下賜されたという話が伝わっている。高麗若光が「玄武若光」と同一人物ならば、高句麗王族の一人として王姓を認められたということになる。この高麗若光も朝廷の命により高麗郡の設置にあたって他の高句麗人とともに高麗郡の地に移ってきたものと推定されている(新編『埼玉県史』)。
 
高麗神社はこの高麗若光を祭っている。神仏習合の時代には高麗家は修験者として別当を勤めていた。(省略)
入口付近の敷地には、将軍標(しょうぐんひょう・ジャングンピョ)がある。1992年に在日本大韓民国民団(民団)埼玉県地方本部によって木製のものが奉納されたが事故で破損し腐食したため、2005年になって現在の花崗岩で制作されたものが民団中央により寄贈された。将軍標は西武池袋線の高麗駅の広場にも建てられている。高麗駅の将軍標は何度か再建されており、初めて立てられたのは高麗駅の方が早い。
また、大韓民国の特命全権大使なども参拝している。
 
wikiより抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE
 
=管理人補足=
wikiには神社・将軍標の画像あり。