韓国 
(イメージです。)


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:2016/07/01(金) 20:53:40.42 ID:
朝鮮戦争真っ最中だった1951年、米国極東軍司令部が日本の警察予備隊を米地上軍と同じ水準で育成し6個師団を新しく追加して韓国戦線に投じようと提案した。日本が当時、こっそりと掃海艇や日本人要員を韓国戦線に派遣した事実が後に明らかになったが、万一、その程度ではなく、事実上の日本正規軍6個師団が朝鮮戦争に派兵されていれば、日本は十七カ国目の参戦国になっただろう。

ソウル大日本研究所のナム・キジョン副教授が著書<基地国家の誕生:日本が行った朝鮮戦争>(ソウル大出版文化院編集)で引用した日本戦時研究者、佐々木隆爾(ささき りゅうじ)の‘前方支援もありえた日本の後方支援’(1999)に出てくる内容だ。

米国務部の拒否で実現しなかったが、万一、提案通りになったとすれば日本はその時、すでに安倍晋三政権が今追求している‘普通国家日本’になったわけで、朝鮮戦争は米国-中国戦争を経て1931年、日帝の満州侵略以後続いた中国-日本戦争の裁判になったかも分らない。

そうなっていれば1894年、日本が東学農民戦争に介入して虐殺を日常的に行い、清日戦争まで起こしてこの土地を荒地にした後、結局、韓半島併呑と満州・大陸侵略に進んだ戦争の惨劇が東アジア戦争、さらに進んで第3次世界大戦に飛び火した可能性が濃厚だ。

朝鮮戦争が長期化し、当時、日本では右翼、軍出身者など、保守政治家、さらに社会主義者まで日本再軍備を主張していた。米国務部内にも日本の再武装と韓半島・満州再掌握がソ連の膨張を防ぐ唯一の道という主張まであり、第4次韓日会談日本代表、澤田廉三(さわだ れんぞう)のごときは朝鮮と満州‘回復’がご先祖の意を敬うことだと大声を上げた。

第3次大戦への戦争拡大の可能性のため、米国務部はその提案をとても採択できなかったのだろう。それで日本は米国が強要した‘平和憲法’体制下の‘平和国家’としてずっと存続することができた。平和憲法の要諦は軍事力保有と戦争放棄を明示した憲法第9条だ。安倍政権はこの第9条を廃棄したり変えようとする。これは彼の母方の祖父でA級戦犯、岸信介の遺志でもある。

ところが、平和国家日本の実状は‘基地国家’であった。<基地国家の誕生>はそれを論証する本だ。朝鮮戦争の時、日本は韓半島に出撃する米軍の前進基地、兵たん基地、中継地であって、後方基地になって事実上、戦争に積極的に加担し、‘朝鮮戦争特需’で経済再建にも成功する。

こういう基地国家としての日本の役割はその後、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争へと続く。米国の世界戦略と戦争らに核心基地の役割を果たしながら戦争特需を享受してきた日本を平和国家といえるだろうか?それは基地国家という‘現実を上書きして隠す理念’とか‘現実を否定するための理念’にすぎないのではないのか?

基地国家の土台の日本‘平和憲法’にノーベル平和賞を与えようという運動は再考が必要かも知れない。冷戦が終わった後、その裏に隠れた朝鮮戦争休戦体制がまた前面に登場し、「統一もなくて戦争もない」という韓半島現状維持を前提とした日本基地国家体制が揺れている。安倍政権の登場はその兆候であり帰結だ。米国が日本軍の韓半島投入をいつまでも拒否する保障はない。

韓半島が再び戦場になるのを防ぎ、日本基地国家体制を解体する有力な道は韓半島の平和体制への転換と分断解消だ。
 
ハン・スンドン本知性チーム選任記者
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ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) ‘日本軍’の韓半島派兵防ぐには
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/750507.html