1:2016/07/01(金) 13:36:04.73 ID:
96d2b9f8.jpg
韓国に〝里帰り〟した潘基文国連事務総長(右から2人目)。済州島南部の西帰浦市を訪れ、歓迎を受けた=5月25日(共同)
b85742c0.jpg
ロシアのプーチン大統領(右)と会談する潘基文国連事務総長=6月16日、サンクトペテルブルク(ロイター)
8588e346.jpg
フランスのオランド大統領(中央)と握手する潘基文国連事務総長(右端)=6月3日、パリ(ロイター)

 英国誌エコノミストが今年末に任期切れとなる潘基文国連事務総長を「歴代最悪の事務総長の一人」と痛烈に批判した。「無能」、「縁故主義」、「国連を私物化」など潘氏はこれまでも非難を浴びてきた。
すでに国連は次の事務総長を選ぶ作業に入っており、「ポスト潘」に視線が集まるなかで出てきたエコノミストの酷評は2期10年に及ぶ潘氏の“総合評価”といえそうだ。

幻の日本人国連事務総長

 まず秘話を明かそう。

 もしかしたら、今の国連事務総長は韓国人の潘氏ではなく、日本人だったかもしれない。潘氏は2006年に事務総長に指名され、翌年1月に就任したが、このときの事務総長選びをめぐり、米国が「次期総長は日本から出したらどうか」と日本政府に持ちかけてきたのだ。

 当時、日本はドイツ、インド、ブラジルとともG4を結成し、常任理事国入りを目指していた。だが、G4がまとめた常任理事国枠の拡大を軸にした国連改革案は、中国などの猛烈な反対を受けて実を結ばなかった。

 米国の打診は常任理事国入りの代案だったが、日本政府はあくまでも常任理事国入りを目指す方針を変えず、「日本人事務総長」は幻のままで終わった。国連事務総長は欧州、中南米、アフリカなど地域順に選ぶのが慣例のようになっており、当時はアジアから選ばれるとみられていた。こうした状況の中で、韓国の盧武鉉政権下で外交通商相を務めた潘氏が事務総長となった。

欧米メディアは散々な評価

 では、エコノミストが5月21日号で載せた潘氏に対する“採点”をみてみよう。

 「失敗した事務総長であり、歴代最悪の事務総長の一人」「(国連内の)行政能力でも(国連外の)統治能力でも失敗した事務総長とみられている」「話が下手で手続きに執着し、懸案への素早い対応能力や業務の深さも不十分だった」…。まさに散々な評価だ。

 エコノミストだけではフェアではないだろう。英紙ガーディアンは2010年7月に「透明人間 潘基文国連事務総長の活動への動揺広がる」という論評を掲載。09年12月にデンマークのコペンハーゲンで開かれた国連気候変動会議における合意形成の失敗などから「歴代事務総長の中で最低の部類に入る」と批判した。

 また12年にシリアで大虐殺が起きた際、米紙ニューヨーク・タイムズは、なんら特別な措置を取らなかったとして「潘基文は一体どこにいるのか」と題する記事を載せ、「事務総長も国連もシリア国内の大虐殺を止めることに関しては、まったく無力だった」と失望感を示した。

有力ポストに韓国人を次々と起用

 一方、2006年に潘氏が事務総長になることが決まると、当時の麻生太郎外相は「アジアから出すと言い続けてきたので良かった」と歓迎した。日本の外務省も日韓関係がギクシャクする中で、韓国で外交を担当する潘氏が関係改善に向けて努力したと前向きに評価した。

 しかし、潘氏が事務総長に就任してまもなく問題となったのが、「縁故主義」だった。元国連大使の崔英鎮氏を駐コートジボワール特別代表に任命するなど有力ポストに韓国人を次々と起用。また、07年には女婿のインド人が国連イラク支援ミッション(UNAMI)の幹部に抜擢されたが、こうしたやり方に不満を持った国連職員組合が「親類縁者や友人を優先する人事政策批判文書」を採択する事態にまで発展した。
 
http://www.sankei.com/west/news/160701/wst1607010001-n1.html

>>2以降に続く)