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(イメージです。)

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:2016/07/04(月) 11:35:43.74 ID:
竹島は、1905年2月22日、「島根県告示第40号」により島根県隠岐島司の所管に入った。それは、竹島でアシカ猟をするため、島根県周吉(すき)郡西郷町(現隠岐の島町)の漁業者、中井養三郎が、島の貸し下げを明治政府に求めたことに始まり、明治政府は同年1月28日の閣議決定で、“無主の地”だった無人島を「竹島」と命名して日本領に編入し、冒頭の島根県告示に至った。竹島とアシカには、そのはじめから浅からぬ因縁があったのだ。
 
韓国の“定説”に異を唱えた韓国紙
 
近年、韓国側ではその竹島(独島)のアシカに関心が集まっている。日本の内閣官房領土・主権対策企画調整室が2014年12月、隠岐の漁師と竹島のアシカとの関わりを描いた絵本「メチのいた島」の読み聞かせ動画を公開した。これに、韓国側が対抗して竹島にアシカ像を置こうとしたが実現せず、翌年8月になって竹島の船着場近くにアシカのレリーフを設置した。韓国側には、「独島(竹島)のアシカを絶滅させたのは日本人だ」とする“歴史認識”が根強く、レリーフはその広告塔として利用するのが狙いだ。

ところが、その認識を覆す記事が6月13日、韓国の慶尚毎日新聞(ネット版)に掲載された。同紙のチョウ・ヨンナム記者がさまざまな証言を集め、日本人が竹島のアシカを絶滅させたとする“定説”に異を唱えたのだ。
 
「アシカ滅亡は日本のせい」と主張する韓国
 
チョウ記者は、1950年代半ば、竹島に上陸していた独島義勇守備隊の複数の隊員から「当時、アシカは最小限700頭余りが生きていた」との証言を得ている。これは1960年代も同様で、竹島に駐在した海洋警察隊員と漁民が「数百頭が棲息(せいそく)していた」と証言している。1970年代初頭も変わりがなかった。工事のため竹島に渡った韓国・欝陵島の住民が「当時、数百頭が生きていた」と証言しているからだ。1970年代の初めまで、竹島にはアシカが生存していたのである。

しかし、竹島問題と関連してアシカが論じられると状況が違ってくる。島根県竹島問題研究会が2014年に刊行した『竹島問題100問100答』では、韓国の不法占拠時(1954年)には200~500頭のアシカが竹島に生息していたが、1970年代半ばを最後に目撃情報が途絶え、2010年に「韓国政府が絶滅宣言を行う」との報道がなされたことなどを指摘した。これに対し、韓国の慶尚北道独島史料研究会は「韓国ではアシカの油は採取せず、皮も使わないので、独島のアシカを滅亡させたのは日本だ」と反論したのだ。
 
機関砲で撃ち、イカ漁のため追い払う
 
だが、この反論は事実と違う。チョウ記者は、竹島のアシカが絶滅した背景について、「アシカの『海狗腎(かいくじん)』(生殖器)と肉を得るためで、独島を警備していた隊員が(アシカを狙って)独島の東島頂上から機関砲を撃ち、射撃訓練をしていた」とした。さらに、隊員の中には、「海狗腎を政府の高官や軍の上層部に上納していた」と証言する者もいたという。また、竹島周辺では韓国によるイカ漁などの漁業が盛んになり、集魚灯近くにアシカが出現すると魚が逃げるため、漁師らが追い払ったという。

このように竹島に群棲していたアシカは、韓国側が乱獲したことに加え、漁師によって棲息地から追い出され、その繁殖地を失って絶滅した-というのが史実に近い。

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