1:2016/07/03(日) 02:32:57.79 ID:
2e9871dd.jpg
群山市内の日本式家屋。飲食店などに再利用されている
53112bcb.jpg
高層マンションに隣接する日本式家屋=群山市
18b96dd8.jpg
韓国に唯一残っている日本式の寺院という東国寺=群山市
4969e65f.jpg
東国寺の門柱。戦後、「昭和」の文字がつぶされたという=群山市
25aea7ff.jpg
東国寺境内に設置された「少女像」=群山市
d1ad2fb0.jpg
反物商が住んでいた日本式家屋=群山市
e987c70a.jpg
旧十八銀行群山支店の建物は現在、群山近代美術館として利用されている=群山市
a4f4dd37.jpg
韓国映画「8月のクリスマス」(1998年)の舞台となった写真館。群山市内には韓国映画が撮影された場所も少なくない
db6c8ab3.jpg

 韓国に「敵産家屋」という言葉がある。敵の資産…つまり日本統治時代から残る日本式家屋などを指す。そんなマイナスイメージが強い日本文化を、観光資源として積極活用する“逆転の発想”で成功を収めた自治体があるという。全羅北道の港町、群山(グンサン)市だ。日本だけではない。群山には華僑が戦前から進出しており、中国という別の資源も抱えている。最近の中韓“蜜月”を受け、中国に近い韓国西岸で変化が起きているのではないか。群山の「日本」と「中国」を見てみようと、ソウルを後にした。(全羅北道群山 藤本欣也、写真も)

 ソウルから高速バスで約2時間半、黄海に注ぐ錦江(クムガン)に面した群山は人口約28万人の小さな都市だ。日本統治時代には、朝鮮半島最大の湖南(ホナム)平野で獲れたお米がこの港を通じて日本や中国に送られた。

 日本統治が始まった1910年の時点で、日本人はすでに全体の半分に当たる8千人が居住していたとされる。朝鮮半島の気候に合わせてオンドルを導入するなど、韓国文化も取り込んだ日本式家屋は戦後、多数がそのまま残された。

 一般に、韓国の日本式家屋は取り壊されるか、老朽化とともに建て替えられるかして、街から姿を消していくのが普通だった。

 しかし、群山は違った。錦江に近い旧市街に残っていた、約170軒の「敵産家屋」という名の日本式家屋を活用したのだ。市が買い取って補修するか、原形の維持を条件に所有者に対し補修費を一部補助することにした。日韓併合から100年がたった2010年以降の話である。

 官庁が新市街に移り、若者が去り、お年寄りだけが残され、古い建物や老朽化した日本式家屋、空き家が目立っていた旧市街は一変した。

 かつての十八銀行群山支店は近代美術館に、朝鮮銀行群山支店は近代建築館に生まれ変わった。そして民家の日本式家屋はきれいに建て直されて、カフェやレストランなどの飲食店や宿泊施設に様変わりした。

 「高層マンションの中に日本式家屋が建っている、そんなアンバランスなところがとても印象的です。建物も新しくて清潔。デザインも古い感じがしない。新鮮ですね」

 光州市から観光に来たという女子大生の崔(チェ)シヨンさん(23)は、友人の朴善卿(パク・ソンギョン)さん(23)と顔を見合わせて笑った。

 群山の観光客は韓国人が圧倒的に多い。外国人観光客が訪れるにはソウルや釜山からのアクセスが良くないのだ。304人の死者・行方不明者を出した14年の旅客船セウォル号沈没事故以降、韓国人学生の手軽な修学旅行先としても人気なのだという。
 
http://www.sankei.com/premium/news/160703/prm1607030001-n1.html

>>2以降に続く)