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写真は東京駅、旧ソウル駅、ルツェルン駅。

2016年7月7日、韓国・ソウルの旧ソウル駅舎の竣工当時の図面原本が初めて公開されたことを受け、韓国・ノーカットニュースは、同駅舎のモデルは東京駅ではなくスイスの駅だと報じた。

駅としての役割を終え、現在は文化交流施設として保存されている旧ソウル駅舎。1925年、当時の南満州鉄道・京城駅として竣工したこの駅は、東京帝国大教授・塚本靖が14年に完成していた東京駅をモデルとして設計したと韓国でも知られている。しかし記事は、塚本が設計者とされる根拠は彼が2枚の設計図面を残していたことのみであり「いまだ疑問が多い」と指摘。また、本当のモデルは東京駅ではなく、1896年に完成したスイスのルツェルン駅だと紹介した。ルツェルン駅はスペイン出身の建築家サンティアゴ・カラトラバが設計したもの。記事は、外観を比べてみても旧ソウル駅は「日本風ではなくルツェルン駅によく似ている」としている。

ソウル歴史博物館はこのほど、個人から竣工当時の京城駅の図面原本3点の寄贈を受け、これを公開した。この図面からモデルになった駅を読み取ることはできないようだが、専門家は「現在残る唯一の図面原本として今後の研究に貴重な資料となる」と話している。

記事には、韓国のネットユーザーから次のようなコメントが寄せられた。

「何を言ってる?東京駅と旧ソウル駅はそっくりだよ」
 
「東京駅はルツェルン駅のパクリで、京城駅はその東京駅をパクったということだろう。今の東京駅と旧ソウル駅を比べてみれば分かる」
 
「日本人が建てたことは確か」

「日本による近代化の産物だ」
 
「なぜ素直に日本が建ててくれたと言えないんだ?」
 
「元が東京駅にしろルツェルン駅にしろ、どっちにしても模倣には違いない。どうせなら韓屋(韓国の伝統家屋)様式ですてきに建ててくれたら独創的で良かったのになあ」

「今の韓国の建物は特長も個性もない。ただの冷たいコンクリートの壁ばかりだ」
 
「さすが日本は技術力にかけては東洋一だね」
 
「朝鮮からの収奪のために造られた鉄道と駅舎だ。とてもじゃないが『格好いい建築』などという表現はできない」
 
(翻訳・編集/吉金)
http://www.recordchina.co.jp/a144230.html 
 
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「ソウル駅がそっくりなんだよ!w」 ⇒ 東京駅100周年,韓国ネット「東京駅ってソウル駅にそっくり」(2014/12/24) 
 
=管理人補足=
ソウル駅;
1900年7月8日に京仁鉄道合資会社(現在の京仁線)の「南大門(ナムデムン)駅」として開業した。駅名は周辺にある南大門にちなむ。
 
1910年、日韓併合により首都漢城が京城と改称された。京城府の人口が増加するにつれて、京城の玄関口となる中央駅を作る必要性が増した。当時の中心駅で京釜線・京義線・京元線の起点となる龍山駅は、軍事的用途で建設されたうえに市街から離れていて新駅舎には不向きだった。このため、中心街に近い既存の南大門駅を、新たな京城府中央駅として改築することとなった。
(省略)1922年、辰野金吾に学んだ塚本靖の設計による新駅舎の建設工事が始まった。1923年1月1日には「京城(けいじょう)駅」と改称され、1925年、現在も残る赤レンガの駅舎が竣工した。当時、辰野金吾設計の東京駅に次ぐ東洋第2の規模の駅舎であった。京城駅は満州方面の国際列車を扱うなど、朝鮮半島の鉄道輸送において中心的役割を担うことになる。
 
wiki;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%83%AB%E9%A7%85