日本韓国 
(イメージです。)


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:2016/07/15(金) 08:58:15.65 ID:
 天皇の系譜は紀元前660年に始まる。しかし、初期の記録には神話としての脚色が多く、学界では西暦270年に天皇になった第15代応神天皇からを実際の歴史と見なす。それまで110人が天皇の座に就いた。在位期間は平均15.8年。今の天皇は28年目だ。父の昭和天皇が立てた最長在位記録である62年(原文ママ)には及ばないが、歴代の平均値は超えている。

 日本の皇室は譲位を楽しんだ。いったん「天皇」から退き「上皇」になる。それから上皇も譲って仏教に帰依し、「法皇」となる。もちろん権力は手放さない。「宗教の王」法皇も権威を強化する一種の「皇位インフレーション」だ。12世紀の後白河天皇は3年で天皇の座から退いたが、後に息子や孫5人が後を継ぎ、その背後から30年もの間、国を思いのままにした。「皇」という字が付いた人が2-3人いたのだから、庶民たちの境遇は察して余りある。その後、武士に権力を奪われて天皇は「かかし」になった。

 幕府の時代は700年続いた。多くの人々が天皇の存在を知らなかったという。逆説的だが、在位期間はこの時に伸びた。財政難のせいで皇室が維持できなかった時期もあった。資金がなく天皇の葬儀すらできなかった時期もある。16世紀(原文ママ)の後土御門天皇が亡くなった時、皇室は遺体を44日間放置した。

 今の明仁天皇の年号は平成だ。1989年が元年に当たる。その年、日本の国力は最高潮に達していた。同時にバブル経済も絶頂に達した。だが、ほどなくバブルがはじけ、日本は下り坂になった。多くの日本人は「平成」の後ろに浮かぶ言葉に「不況」を挙げる。時代は低迷したが、天皇のイメージは逆に良くなった。父親が残した暗い遺産を整理したからだ。戦争をした中国や激戦地サイパンの韓国人戦没者慰霊碑を訪れた。

 明仁天皇が生前退位の意向を明らかにしたそうだ。82歳という高齢や持病のせいだろうか。それとも政治環境の変化のせいだろうか。先日、選挙で国会を掌握した改憲勢力は、天皇を「国民統合の象徴」から「国家元首」に引き戻そうとしている。今の天皇なら「元首」という称号を心地よくは思っていないだろう。日本の外交関係者の間では、天皇が歴史和解に向けた最後の旅として韓国訪問を望んでいるという話がずいぶん前から出回っている。天皇として実現できないならば、退位後に軽くなった心と体で韓国を訪れるのはどうだろうか。温かい心で迎える韓国人も少なくないだろう。

鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/07/15/2016071500628.html 
 
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