韓国 
(イメージです。)


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:2016/07/17(日) 17:13:21.38 ID:
ハングルばかりのソウルで漢字の看板が圧倒的な存在感を放つ。通りには、中国独特の香辛料の匂いが立ちこめ、屋台では中国の揚げ菓子が重なるように並んでいる。

なにやら話し込んでいる店の人も客も、そして往来する人々も、その間から聞こえてくるのは中国語ばかりだ。ソウルの中心部から電車でおよそ25分。地下鉄の大林(テリム)駅12番出口を出ると、異国の風景が広がった。

「ここでは不動産以外のほとんどの店は朝鮮族が経営している、朝鮮族のための店だよ」(大林洞にある不動産屋社長)

ソウル市永登浦区大林洞は韓国系中国人の「朝鮮族」が多く住む町として知られ、ここにある小学校では生徒のうち2人に1人が朝鮮族の子女といわれるほどだ。

町全体がまるで中国にいるかのような雰囲気で、観光化された韓国の他のチャイナタウンとは一線を画す。

韓国の在留外国人は全国で189万9519人(韓国法務部、出入局外国人政策本部『2015年度統計年報』)。その半分以上(95万5871人)を中国人が占め、うち朝鮮族は約63万人にも及ぶ。

ソウル市にはその約20%(19万8773人)の中国人が住み、その中の70%近くが朝鮮族(約14万人)だ(同)。

◆コリアンドリームのきっかけはソウル五輪

朝鮮族とは日本の植民支配から逃れて満州に移り住んだり、また、朝鮮戦争時に中国に渡った人たちを祖先とする人々といわれ、主に中国東北部に居住する。

日本でもその名を知られる詩人、尹東柱(ユン・ドンジュ)も中国東北部にある吉林省の出身だ。

韓国と中国が国交を樹立したのは1992年。それ以降、朝鮮族も親戚訪問という形で韓国に渡ってくる人が増えたが、コリアンドリームの”幻想”はその前1988年のソウルオリンピックから広まったと中国同胞連合中央会の金成鶴(キム・ソンハク)総会長は言う。

「88年のソウルオリンピック時には少数の中国人が招かれました。彼らは中国に戻った後、韓国の発展ぶりについてメディアでいろいろ話をして、その頃から私たち朝鮮族の間では祖国、韓国は進んだ国、富の国というイメージが広まったのです」

当時、韓国にやってきた朝鮮族の多くは農作業をしていた人たちで、気候も生活も厳しかったため、韓国に行けば「一攫千金も夢ではない」という思いが広がったという。

また、望郷の念を募らせて故郷に戻りたいという一世や子どもの教育のために韓国に渡る決心をした人も多かったそうだ。しかし、ビザの取得は今よりさらに難しかった。

親戚を訪ねるための訪問ビザは有効期間が3カ月で、そのビザも韓国に親戚がいることを証明するための書類が何種類もあるなどで手続きは煩雑を極めた。

そんな背景もあり、2000年代初めまでは中国人も合わせて3万人ほどしかいなかったが、2002年に入ると激増した。これは、韓国が通貨危機でIMFに救済を求めた後(1998年)、第2の建国を謳い経済回復を目指す中で、雇用という点からビザを緩和したためだ。

2002年、在留する中国人と朝鮮族は合わせて8万人を超え、2005年には10万人を突破。以降は右肩上がりに増え続け、今や一大コミュニティを築くまでに膨らんだ。

朝鮮族の人たちは韓国で主に工事現場や食堂での仕事に就いていて、今では病院の24時間介護や住み込みの家政婦にまでその職域は広がっている。特に病院の介護のシーンでは朝鮮族の人材抜きには考えられない状況になりつつある。
 
東洋経済 2016年07月17日
http://toyokeizai.net/articles/-/126896?display=b