1:2016/08/01(月) 01:19:14.98 ID:
(前略)
我が国は日本と歴史的な恩怨関係にある。恩は私たちが日本に施したものが多いという意味で怨は日本の背信に対する民族の怒りだ。日本は永きにわたり、海賊行為を日常的に行い殺人略奪拉致を行ってきた国だ。壬辰倭乱を起こして7年間、朝鮮の天地を廃虚にした。あらゆる金銀財宝と文化財を略奪し、陶工をはじめとする数多くの技術者を拉致して日本文化の花を咲かせた。

百済時代には王仁博士が渡っていって漢文を伝授し、論語を教えて文化に及ぼした功労があまりに大きかったため、今日もあちこちに霊廟を作り神社を作ってあがめる。その一方で彼らは乙巳保護条約と韓日強制併呑を通じて‘朝鮮’を最初から地球上から消そうとした。創氏改名を強要しハングルをなくそうとした。韓民族を永遠に埋めてしまおうと試みたのだ。

しかし3.1運動をはじめとする抵抗と臨時政府につながる粘り強い抗日運動は私たち民族が強靭だということを万国に知らしめた。光復後、私たちは新しい政府を樹立して日本との協約で修交関係を継続している。そのような渦中に日本は軍国産業の尖兵だった長崎軍艦島をユネスコ文化遺産に登録するための申請書を提出した。

軍艦島は本来の名前は端島だったが、遠くから眺めると日本軍艦、土佐号とそっくりだといって軍艦島という新しい名前が付けられた。この島は無人島だったが露天炭鉱が発見された。日本財閥、三菱がこれを買い入れて炭鉱を開発し始めたが、何と1,000メートルの深さのどん詰まりまで掘り下げた。ここに連れてこられた韓国人徴用者が800人余りだ。

長崎一帯の徴用者は何と5万9千人余りで原爆投下時、2万人余りが被爆し1万人余りは痕跡もなく消えた。軍艦島に連れられてこられた徴用者などは、おにぎり一つで食事を間に合わせて、あくどい強制労働で痩せこけた。彼らがどん詰まりに使っておいた「お腹が空いた」、「お母さんお父さん」、「もうすぐ死ぬようだ」などの血で書いた文字は日本の徹底した現場接近不可方針で今は誰も見ることができない。

徴用者の脱出は事実上不可能だったが、それでもパピヨンはあって漆黒のように暗い夜中にこっそり泳ぎ、捕まったらひどい拷問を受けて死ななければならなかった。しかも当然もらうべき日当さえ搾取される奴隷として生きなければならなかった。

この軍艦島を日本でユネスコ文化遺産に申請した時、韓国と中国、タイなどでは搾取と奴隷の土地をどうして文化遺産というのかと強力に反対した。しかし、ユネスコでは「強制労働があった」という事実を明示する条件で登録した。日本はこれを削っている。克日本運動市民聨合ファン・ペクヒョンと詩人ペク・シンジョン、モクア博物館パク・ジャンスらと共に7月23日、軍艦島を訪れた時、どの隅にも‘強制労働’は見つからなかった。飢えと拷問で死んでいった200人余りの徴用者の魂を誰が慰めるのだろうか。登録条件を破って裏切った軍艦島、ユネスコは取り消さなければならない。

/チョン・デヨル大記者(全北大招聘教授)

ソース:全羅毎日(韓国語) 世界を俗人軍艦もユネスコを取り消しなさい
http://www.jlmaeil.com/default/index_view_page.php?idx=93492