韓国 
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:2016/08/20(土) 22:08:51.87 ID:
【ソウル=ニューシス】キム・ジョンファン記者
 
昨年1270万人を動員した映画「暗殺」。10日封切られて10日間で444万人以上を集めた「徳恵(トクヘ)翁主」等、日帝強制支配期を背景にしたこの頃の映画は例外なしに独立活動家が日本帝国主義要人や親日派を相手に武装闘争する話が描かれる。映画を通じて烈士らの抗日独立武装闘争に接した観客のうち、ごく少数は次の様な'疑問'を持つ。

1909年、満州ハルビン駅で伊藤博文を撃殺した安重根(アン・ジュングン)義士、1932年、中国上海虹口公園で開かれた日王誕生祝い兼戦勝祝賀式に爆弾を投擲して日本軍・白川司令官などを爆死させた尹奉吉(ユン・ボンギル)義士など日帝強制支配期の独立活動家の'偉業'とイスラム極端主義武装団体IS(イスラム国)、アルカイダなどが犯す各種の'テロ'はどこが違うのかだ。

結論から言えば180度違う。

その時代、日帝や親日派の視点から見れば祖国と民族のための義に徹した行動も社会秩序に正面から挑戦する一部の「不逞鮮人」が犯すテロに過ぎないだろう。しかし、百歩譲っても、烈士らの抗日闘争は最近の国際テロ組織が世界のあちこちで行っているテロとは明確に違う。最も大きな差は非武装民間人を殺傷対象をするかしないかだ。

ISやアルカイダなどテロ集団は敵対国の政府機関や公的機関、すなわち'ハードターゲット'だけでなく非武装民間人、すなわち'ソフトターゲット'にもはばからずにテロを加える。いや、むしろ民間人が多く集まりながらも即防御と反撃は事実上相対的に不可能なところをわざわざ選んで大規模人命殺傷行為を行う。彼らはこれを通じて直接的な人的・物的損失を誘発するのはもちろん、恐怖心の助長・景気萎縮など間接的な被害まで負わせる戦略を使う。

アルカイダが2001年、米国ニューヨークで起こした9・11テロ、ISが昨年11月13日(現地時間)に犯したフランス、パリテロのようにテロ集団は高層ビル、旅客機、劇場、カフェ、空港、地下鉄の駅、クラブ、休養地、祭り現場など場所を選ばず攻撃する。というより、わざわざそういう場所を候補地にする。

独立活動家らは朝鮮総督府、警察署、東洋拓殖会社など日帝統治機関とその従事者、親日派に一撃を加えて私たち民族の独立意志を世界万国に誇示し、墜落した民族自尊心を再び建てようとした。そのような渦中でも、独立活動家が日本の民間人に直接危害を加えたことはなかったし、被害を受けた日本民間人も殆どいなかったと当時の資料は伝える。これは独立活動家らがそのすべての作戦で日本人でも民間人ならターゲットに定めなかったので可能だった。

当時の独立運動団体のうち最初から'暴力闘争'を標ぼうしたことで良く知られた'義烈団'さえも'殺すべき七人の対象'を意味する'七可殺'から日本民間人を除き、攻撃候補地に選んだ'五破壊'にも民間機関をあげなかったほどだ。映画'暗殺'の中で義烈団団長「金元鳳(キム・ウォンボン)が死地に旅立つ暗殺団に「日本人でも民間人を害してはいけない。すべての民間人には罪がない。弾丸にも目があると考えよう」と頼んだ場面を思い出させば良い。

万一、独立活動家らがハードターゲット、ソフトターゲットを分けず、むちゃくちゃに日本人を攻撃したなら、安重根、尹奉吉義士を尊敬する日本人がどうして生まれただろうか。1910年、庚戌国辱後から1945年8・15光復まで数十年間、独立闘争をそのように粘り強く展開しながらも、すべきこととすべきでないことを徹底的に分けたのは人類史でも類例がないことであろう。(中略)

来る9月3日、日帝下抗日武装闘争を素材にしたもう一編の映画が封切られる。キム・ジウン監督の'密偵'だ。この映画で武装独立闘争がどのように描かれるのか気になる。しかし、たとえ日本人でも民間人ならば危害を加えない姿は前の二つの作品と当然同じだろう。それが'真実'だからだ。

心の片隅に「ひょっとして?」という気まずさがあったとすれば全部脱いでしまい、もう世界の誰にでも堂々と話そう。「日帝強制占領期間、我が民族の武装抗日闘争は独立を渇望する苦闘であって絶対にテロではなかった。」

ソース:ニューシス(韓国語) [キム・ジョンファンのスクリーニング]アン・ジュングン、ユン・ボンギルをテロリストとあえて思わない本当の理由
http://www.newsis.com/ar_detail/view.html?ar_id=NISX20160817_0014329488&cID=10601&pID=10600