1:2016/09/02(金) 20:47:20.46 ID:
■「尖閣は要らない」と言った元参議院議員

尖閣諸島周辺や南シナ海での乱暴狼藉を見て、日本国内において中国への危機感を強める人が増えているが、一方で、不思議なほど中国への警戒心がない人もいる。8月29日に放送された『橋下×羽鳥の番組』(テレビ朝日系)では、元参議院議員の田嶋陽子氏が「尖閣諸島は一度手放して中国に渡すべき」という大胆な持論を述べた。

この発言に対して放送直後からネットでは議論が沸き起こったが、こうした意見は田島氏の専売特許ではない。

「友好の妨げになるくらいならば、あげてしまえばいい」という類のアイデアは、主に左派とされる人の口から出てくることが多い。

こうした人たちは「それで揉め事がなくなって、友好関係が保てるのならばいいじゃないか」と考えているのだろうが、果たして中国に対してそのような善意は通用するのだろうか。そのように心を許しても大丈夫なのだろうか。

それを考えるうえで重要なのは、過去の歴史を学ぶことだろう。

公文書研究の第一人者である有馬哲夫早稲田大学教授は、新刊『歴史問題の正解』の中で、「現代中国の歴史は侵略の歴史である」と題した章を設け、戦後間もない頃の中国の「侵略」の姿をわかりやすくまとめている。以下、同書から引用してみよう。

参考資料:[出典]防衛省のレポート「南シナ海における中国の活動」(2015年5月29日)
0dd15b1f.jpg

■中国のアジア大侵攻

意外なことに、中国のアジア各地での拡張主義的動きは、朝鮮戦争と時期が重なる。

筆者は朝鮮半島に約30万の軍隊を送った中国は、この戦争にかかりっきりだったと思い込んでいたが、実際はまったく違っていた。

中国は朝鮮戦争とほぼ同時進行で、ヴェトナム北部に大軍を送り、ミャンマー(当時はビルマ、以下同)北部・タイ・ラオス・中国南部の国境地帯で領土拡張の浸透作戦を行い、台湾に侵攻するための艦船の供与をソ連に求めていた。

しかも、前年の1949年にはすでにチベット東部を侵略していて、朝鮮戦争のさなかにも中央チベットまで侵攻し、チベット征服を完成させているのだ。まさしく貪欲そのものだ。

こういった中国の侵略的動きの全体を眺めてみると、朝鮮戦争への中国の参戦がこれまでとは違ったものに見えてくる。つまり、この参戦は、自衛というよりは、中国が周辺諸国に対して起こしていた一連の拡張主義的動きの一部だったと見ることができるということだ。

事実この戦争のあと、中国はソ連に代わって北朝鮮の宗主国となる。

その後、中国はさらにヴェトナム、ラオス、ミャンマー、タイ、インドへとターゲットを変えつつ、侵略的動きを継続させていく。近年の西沙諸島や南沙諸島の島々の強奪、そして尖閣諸島への攻勢は、この延長線上にあるのだ。

まず、中国の拡張主義的動きがどのような背景から起こったのかを知る必要がある。以下の本国(アメリカ)の国務省―アメリカ極東軍司令部(東京)間の1950年1月24日の電報はこれを明らかにしてくれる。

「(前略)中国の勢力圏のなかにおいては、ソ連はチベットを含む戦争において(中国に)特別な権利を認めることになっている。熱烈な親ソ派は、共産主義拡大のためには国境線など忘れるべきだとする。共産主義のために中国が提供すべきとされる兵力は500万に引き上げられた。30万人の中国人労働者がすでに満州からシベリアに送られており、さらに70万人が6ヶ月のうちに華北から送られることになっている。中国のあらゆる施設と炭鉱にソ連の技術者が受け入れられることになっている。ソ連式の集団的・機械的農業を夢見る熱烈な親ソ派は、農民がいなくなった耕作地と残された人々の飢餓を平然と眺めている。(後略)」

デイリー新潮
http://www.dailyshincho.jp/article/2016/09021230/?all=1
 
つづく