1:2016/09/18(日) 01:38:09.69 ID:
 かの国には、「怒りの動機が正しく、同情に値する」となると、何をやっても許される社会的な雰囲気があります。

 それは、反米・反日・反政府デモの際に尚更あらわになります。大規模なデモと警官隊との衝突で警察車両数十台が焼かれ、新聞社が襲われるなどしても、メディアや識者を含め世論では「デモ擁護論」が強く主張されるのです。

 法律よりも国民感情が優先し、法の支配が歪められる韓国の特殊事情は、しばしば韓国内でも法治ではなく「情治」だと自嘲気味に語られます。この言葉は「チョンチ」と発音され、「政治」と発音が同じであることから、政治という意味もかけられています。

 大韓航空の女性副社長が引き起こした「ナッツリターン事件」でもそうでしたが、国民の「処罰感情」が判決の軽重さえ動かす刑事司法のありさまを見るにつけ、韓国は「法治国家」を掲げていても、その実情は「情治国家」なのだと強く思い知らされるのです。

 こうした社会意識を表すために、韓国には「国民情緒法」という“不文法”さえ存在します。

 「ニューズウィーク日本版」は2013年10月1日号の特集記事で、国民情緒法について《時に司法までも呪縛する不可解な「法」が韓国には存在する。法律や条例はもちろん、憲法よりも国民感情を優先するという見えざる法》と紹介した上で、こう指摘しました。

 《その最たる例が盧武鉉政権の05年に成立した「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」だろう。財産を得た当時は合法だったとしても、親日行為を通じて得た財産を子孫からでも没収できる、というこの恐るべき事後法は、法律は過去に遡及しない、という原則を完全に無視している。さらには、慰安婦像をソウルの日本大使館前に不法に設置したこともその一例だ。韓国国内の条例に違反しているだけでなく、ウィーン条約に抵触する可能性もある》

 いうまでもなく、「国民情緒法」を成り立たせる国民感情とは、メディアが中心になって形作るものです。この超法規的な「法」に基づき、かの国では現実の法治主義の枠内で、情治主義による「人民裁判」が開かれ、被告たちは断罪されるのです。

 第二章で述べたように、セウォル号沈没事故で、乗客を救助せず逃げた乗務員たちの行為について、朴槿惠が公的な会議で「殺人に相当する」と口走ったことから、船長のイ・ジュンソク被告は最終的に殺人罪で無期懲役の判決が確定しました。

 どう考えても業務上過失致死罪にとどまる罪状を、「国民情緒法」に基づくメディア=世論の断罪への期待を一身に受けた朴大統領が、それを言語化し、その言葉を「忖度」した韓国検察が「殺人」にまで“昇華”させてしまう。「情治主義」に加えた「人治主義」--。これが、韓国のメディア、司法の暴走のメカニズムです。

 法治国家、民主主義国家を謳いながら、実は“その場の雰囲気”が物事の善悪を一刀両断に決めてしまっているのです。

 それは他でもない、韓国の「反日」運動にひときわ顕著に現れています。近代法における法律不遡及(ふそきゅう)の原則を無視した究極の事後法である「親日派財産没収法」にせよ、日本大使館前での慰安婦像の設置やデモにせよ、この「国民情緒法」に基づく情治主義の存在抜きには決して理解できないでしょう。

http://www.sankei.com/premium/news/160918/prm1609180016-n1.html

>>2以降に続く)
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無罪判決を受けて会見に臨む加藤達也前ソウル支局長=2015年12月17日、ソウル(納冨康撮影)
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初公判を終え、ソウル中央地裁をあとにする際、加藤達也前ソウル支局長を乗せた車が抗議デモ団に囲まれ、生卵が投げられるなど妨害行為が行われた=2014年11月27日、韓国・ソウル(大西正純撮影)
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産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の無罪判決を報じる2015年12月18日付の韓国各紙。検察に批判的な論調もみられた(納冨康撮影)