日本 靖国 

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:2014/04/15(火)12:12:29 ID:
靖国神社は「宗教」ではない。
上田紀行・東京工業大学教授と「宗教を考える」その5

池上:
高度成長期に、自分の人生や存在価値の全てを「会社」に預ける。日本は伝統的宗教を事実上放棄して、効率、成長を教典とするいわば「会社教」一本に頼った。これが日本の唯一の社会システムでした。しかし、システムは必ずいつか破綻する。

調子が悪くなったシステムの典型が、日本の高度経済モデルだったわけですね。もはや機能しないし、アベノミクスでちょっと景気が回復した程度でも、高度成長が復活することはまずあり得ない。にもかかわらず、日本では、宗教も含め、「もう1つの線」が復活しない。どうなってしまうのでしょう。

上田:
非常に社会が危うくなります。いま、ものすごく短絡的なナショナリズムの声が大きくなっていますよね。あれは、単線化したまま、機能不全を起こした日本社会の病状のひとつだと思います。

池上:
いわゆるネトウヨの台頭や、中国や韓国などに対するメディアから個人までの物言いが常軌を逸していたり。「余所の国に文句を言われる筋合いはない」というような雰囲気は、今、強く感じますね。

上田:
2013年12月末、突然行われた安倍晋三総理の靖国参拝も同じ匂いがします。この問題を語るには、「靖国神社は果たして宗教施設なのか」ということをきちんと見ておかないといけません。

安倍首相は「宗教施設」だと思っていない

上田:
まず、靖国というのは、比較的新しい神社です。

池上:
明治2年、1869年に明治政府によって作られました。当時の名称は東京招魂社でした。明治維新の際、戦って亡くなった政府軍の軍人の霊を祭るためにできた施設です。

上田:
そう、もともとは幕末から明治維新にかけての戦闘で亡くなった政府側の軍人を慰霊するための施設で、それがあとから神社に改称されたという非常に特殊な存在です。その後、日本が戦争を行うたびに戦死した軍人を祀る神社となった。第二次世界大戦のときには「靖国で会おう」と言葉を交わして亡くなった軍人がかなりいたと聞いています。

池上:
日露戦争以来、戦争で死んだ軍人は靖国に祀られて「英霊」となる、ということになりました。

上田:
死んだら誰もが神様になる。靖国神社では、お国のために死んだ軍人たちは誰しもが英霊になる。戦後連合国による極東裁判でA級戦犯として死刑になった人たちも合祀されているのは、誰しもが英霊になる、という靖国の原則に従っているわけで、その点で靖国神社はぶれていません。もちろん、「それはおかしいのではないか、日本を勝てない戦争に追いやって、戦後処罰された人間を祀るのは変じゃないか」と批判する人も一方でいるわけです。

池上:
その通りですね。で、今回の安倍首相の公式参拝をどうとらえますか。

上田:
さて、安倍首相が靖国神社に参拝しました。首相という立場で、お国のために死んだ人たちがみな祀られている宗教施設へ参拝する。これがどういうことを意味するのか。