1:2014/04/28(月)21:38:52 ID:
友好の象徴 江戸時代のスター? 釜山の歴史館 朝鮮通信使に親しみを 人形や3Dアニメ 子ども向けにも

江戸時代に朝鮮王朝が日本に派遣し、両国友好の象徴だった外交使節「朝鮮通信使」。現在、長崎県と韓国釜山市が連携し国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産への登録を目指している。釜山は通信使の旅立ちの場所として知られるが、その歴史を市民にどう伝えているのか。釜山市東区子城路にある施設「朝鮮通信使歴史館」を訪ねてみた。 (井崎圭)

歴史館によると、同館は釜山市が「通信使の歴史を市民に伝えよう」と約3億5千万円を投じて建設、2011年4月に開館した。管理は同市の外郭団体「釜山文化財団」が担う。来館者は1日100~300人。日本人観光客にも対応するため、日本語の説明文を用意しているほか、日本語のできるスタッフも常駐する。

同館は2階建てで、李氏朝鮮時代をイメージした造り。ほとんどが常設展示スペースだが、展示物は古文書など当時の史料より、模型や映像を使ったブースが目立つ。同館広報担当の金智恵(キムジヘ)さん(27)は「難しい史料展示より、子どもたちに親しみやすい展示を重視している」と理由を語る。

入り口には、通信使をモチーフにした人形が30体。すべて日本各地に伝わる郷土品で、日本人研究者が寄贈したという。金さんは「通信使は江戸時代の人に韓流スターの様な人気があった。それが人形から分かる」。通信使は今の長崎県対馬市や福岡県新宮町の相島を経て本州に上陸し、目的地の江戸にたどり着いた。当時通った道を中心に、全国に同様の人形があるという。

特に当時の人々が熱狂したとされるのが、通信使に同行した騎手が行う騎馬術「馬上才」(曲芸)。同館では、騎手の公演の様子を描いた当時の巻物(レプリカ)も展示してある。

また、3Dアニメで通信使を物語風に紹介する映像室(48席)や、通信使のソウルから江戸までの道のりをたどったジオラマもあり、交流の歴史を分かりやすく伝えている。

ハイライトは、同館2階から出た場所にある永嘉台だ。ここで通信使は日本へ出発する際、旅の無事を祈った。永嘉台は日本の統治時代に姿を消したが、2000年代に入って復元されたという。「今の日韓関係は微妙だが、また永嘉台のように復元できる。一緒に世界記憶遺産を目指しましょう」。金さんは願うように語った。

同館は入場無料。休館日は月曜日。

=2014/04/28付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/85040

日本全国にある朝鮮通信使をモチーフにした人形
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朝鮮通信使がたどった経路を示す大型のジオラマ
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江戸時代に人気を博したといわれる馬上才(曲芸)を描いた絵巻と人形
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=管理人補足=
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