本 歴史 教科書 

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:2014/05/20(火) 00:05:01.88 ID:
[ヘラルド経済]
壬辰倭乱当時、日本兵士らによって造成された‘韓国人頭墓’の存在が確認され、日本の残忍さが再度議論されている。

東アジア日本学会は啓明(ケミョン)大学国境研究所、啓明大学国際学研究所、愛国研究会と共同で今月17日、仁川(インチョン)大学松島(ソンド)キャンパスで‘2014国際学術セミナー’を開催したと19日明らかにした。

日本や東アジアと関連した多様な主題を扱う今回の国際学術セミナーはこの分野の国内外専門家たちが多く参加し熱い討論を行った。特に今回の学術セミナー基調発表で愛国研究会ソン・キジュン理事長は‘韓・日修交50周年を眺めて-在日韓国人頭墓に対する対策’という主題発表した。朝鮮人頭墓については今まで韓国学界で扱われたことがない最初の報告で日本の残忍な悪らつさを指摘した。

発表でソン教授は壬辰倭乱(文禄の役)と丁酉災乱(慶長の乱)当時、日本兵士らが朝鮮人の頭を切って日本に送った資料に接し、佐賀県東松浦郡鎮西近くの山丘陵地に400余年前、壬辰倭乱当時から放置されてきた韓国人の‘頭墓’が存在するという事実を確認した。そこは豊臣秀吉の韓国侵略拠点だった名護屋城近隣に位置している。

ソン教授は去る2月末、「頭墓」を確認するために日本現地を訪問し佐賀県地域に口伝で伝わる韓国人頭墓についてその地域の郷土史研究者に諮問を求めるなど多くの努力をしてきた。また、当時の記録の‘戸川記’(上・下)、‘清正朝鮮記’、‘朝鮮記’、‘征韓録’、‘佐賀県博物館史料’等によれば壬辰倭乱当時、日本軍の首狩りが朝鮮で行われ、戦功確認のために切り取った頭を日本に送ったことを確認した。

このような事実は日本共同通信が去る1979年8月6日、壬辰倭乱当時造成された‘朝鮮人推定頭墓を日本で発見’というタイトルで報道した。当時、国内メディアにも紹介されたことがあるが誰も関心を持たず埋もれてしまった。当時の報道によれば‘佐賀県郷土史研究会’が佐賀県庁と地方当局にこの‘頭墓’を調査、発掘して慰霊祭を要請したが自治体は‘日本史の恥部が現われる’と同意しなかった。

この報道後、ソン教授はずっと関心を持ち、今年2月の現地訪問調査の結果を今回、学界に報告することになった。実際、壬辰倭乱当時、日本軍が切り取った数多くの朝鮮人の‘鼻’は供養のために京都に‘鼻墓’(鼻塚)を作ったと日本は主張している。だが‘頭’は放置され、また‘頭墓’があるならばどんな形態なのか明らかになったことはない。

‘鼻墓’は多くの人々が見られる場所に造成されたが、‘頭墓’はこれまで発掘や慰霊祭がなされないなど隠蔽の疑惑がまだ解けない。ソン教授は「日本国内の朝鮮人の‘頭墓’の存在が明らかになった以上、‘韓日共同調査委員会’等を作って調査を実施し、その後、帰国移葬と追悼碑建設などの対策を講じなければならない」と強調した。

東アジア日本学会は日本と関連した人文社会科学諸分野に関する研究と研究者間情報交換および親睦などを目的に去る1999年創立され学術誌発行(年4回)、学術大会開催、日本学関連出版物刊行、国内外学術団体との交流など多様な活動により日本関連研究者らのための学術空間としてその役割を果たしてこの分野の発展に寄与している。

キム・サンイル(大邱)記者

ソース:ヘラルド経済(韓国語) 東アジア日本学会など‘韓国人頭墓’造成確認…日本残忍さ再度議論
http://biz.heraldcorp.com/view.php?ud=20140519001017