1:2014/07/16(水) 22:59:57.44 ID:
美空ひばり(1937年5月29日~1989年6月24日)は日本の昭和時代を代表する歌手であり女
優だ。彼女は日本国神奈川県横浜市磯子区で生まれた。精華学園高等部卒業、実名は加藤和枝だ。彼女は死後、日本女性で初めて国民栄誉賞を受賞した。

筆者は美空ひばり様と生前に会う縁はなかったが、彼女が韓国系日本人という噂を聞いて、韓日両国の親善目的でこの文をあえて書いてみる。

1989年初め、ソウル五輪の感激がだんだん薄れる頃、日本では一時代が終わる事件が発生した。1月7日、‘昭和天皇’が死亡したのだ。昭和天皇(1901~1989)の名前はヒロヒト(裕仁)だ。日本国が深い哀悼を示した年、6月24日には文化的に昭和時代を終わらせる事件が発生した。日本国国民歌手であり演技者の美空ひばりが52才でまだ若くして死亡したのだ。
(中略:美空ひばりの経歴1)

大韓民国国民、すなわち私たちが美空ひばりを特別な意味で記憶すべきなのは彼女の父親が日本に渡った韓国人だからだ。美空ひばりは父親の故国である韓国と故郷について父親の手を握って訪れ、先祖のルーツを探そうと思うけなげな覚悟が強かった。貧しくて生活のために日本国にまで来て労働を生業に暮らした父親は死ぬ瞬間まで故郷を懐かしがった。

美空ひばりは父の位牌を奉って、代わりに父が懐かしんだ韓国を訪れる夢があり、父が故郷に錦を飾るように、父の国に娘が「帰ってきます釜山(プサン)港」を熱唱したかった。しかし、美空ひばりは父の国を訪れる夢は生前にかなわなかった。なぜか?一部の姑息な韓国人らが日帝時代の韓日合邦で受けた苦痛の過去の歴史ばかり考えて美空ひばりまで嫌悪の対象とし、訪韓を封じ込めたのだ。姑息な恥かしいことだ。
(中略:美空ひばりの経歴2)

美空ひばりはとても早く逝ったが、彼女の記念館には彼女の名曲「川の流れのように」の歌が永遠に鳴り響くようだ。そのように韓国を訪れたかった美空ひばり様に韓国の比丘である私、法徹は魂だけでも韓国に来られるよう切実に望む招魂の文を書いて祈祷する。

韓-日の政治家たちの政治思想のせいで韓日国民はお互いを嫌悪したり不倶戴天の敵のようになってはならない。広大無辺な宇宙から見れば恒河沙の砂粒の一つ地球村で、その中に生き死にする人間は、先輩、後輩、朋友があるだけだ。輪廻列車のような地球に一緒に暮らしながら朋友精神で互いに愛し和合し協力して生きても人生百年を生きられないのに、偏向した政治家たちの政治思想により韓-日国民が相互嫌悪しては絶対だめだ。特に日本国人は在日韓国人僑胞を憎悪する気持ちで対せず、朋友精神を持って慈悲と愛を分かち合うよう推奨する。

結論
韓国のタレント、スポーツ人などはもちろん、韓国の男女歌手は日本国に渡って自由に歌い歓呼と喝采を受けてきたことが半世紀に及ぶ。ところが一部の韓国人はまだ日本歌手が韓国で歌ってはいけないという偏狭な主張をするというのか?恥かしくはないか?

今でも韓国は美空ひばりの魂訪問を意味する位牌でも韓国に持ってこれる美徳を見せるべきだと主張する。彼女の後輩歌手の「帰ってきます釜山港」を歌った島津亜矢、森昌子らが世宗(セジョン)門会観大講堂で美空ひばりの歌「川の流れのように」を代わりに歌って、美空ひばりの訪韓を果たせず死んだ遺恨を解いてくれれば良い。

韓-日国民よ、美空ひばりの魂の訪問を、冷えきった韓日関係が朋友精神で許しあい和解の手を握って協力する象徴にしてはどうだろうか。

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李法徹(イ・ピョンチョル、大仏総、常任指導法師)

ソース:ニューデイリー(韓国語) 美空ひばり様、韓国に来てください
http://www.newdaily.co.kr/news/article.html?no=211329