朝日新聞

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:2014/09/10(水) 12:50:17.24 ID:
8月28日付の朝刊で、今度は「慰安婦問題 核心は変わらず」という記事を掲載した朝日新聞。謝罪どころか訂正もないままの再弁明は、世間とズレた姿勢をあらためて浮き彫りにした。

気になるのはそうした紙面を作る記者たちの実像。
入社後、どのような経緯で「朝日人」となるのかを追った。

8月5、6日両日の紙面で「従軍慰安婦」強制連行問
題のもととなった「吉田証言」を取り下げて以来、世間から袋叩きにあっている朝日新聞。しかし、28日朝刊には、「慰安婦問題 核心は変わらず」と題した記事を掲載した。 

その中では、朝日新聞が「吉田証言」を虚偽としたことで、〈河野洋平官房長官談話(河野談話)の根拠が揺らぐかのような指摘も出ている〉と懸念を示しながら、こんな見解を述べている。

〈(河野談話は)吉田氏が言うような「強制連行」ではなく、女性たちが自由意思を奪われた「強制性」を問題とした〉この再弁明に対して、読売新聞は、「慰安婦問題で朝日『核心変わらず』‥‥識者は批判」という反論記事を掲載。

産経新聞も、「また問題のすり替えとごまかしか 朝日、再度の慰安婦特集記事」としながら、
謝罪と訂正がいまだないまま、自社の大誤報を矮小化しようとする姿勢を痛烈に批判した。

結果、火に油を注ぐ形となったわけだが、新聞の紙面を作るのはもちろん「記者」である。はたして彼らはどのような教育を経て「朝日記者」となるのか──。

採用された新入社員が最初に受けるのが新人研修だ。実際に参加した中堅の朝日記者はこう語る。
「研修の内容は毎年違います。私たちの時は『朝日新聞は世間から叩かれる。週刊誌や他紙が叩けば部数を獲得できるのが朝日だ』と言われました。自分たちは特別な存在だから注意しろということです

その後、印刷物として配られたのは朝日が行った「誤報」と「捏造」の歴史だった。89年、沖縄県西表島で朝日新聞社のカメラマンがサンゴに「K・Y」と傷をつけながら、それを何者かがつけた「落書き」として報じた一件が細かく書かれていたという。

「その『サンゴ事件』を例にした注意がありました。もう一つは、ある支局が行った誤報を『朝日新聞が報じたのだから』という理由で別な支局が報じて、結果それが全国で掲載された事件でした」(中堅朝日記者)

しかし、以前の研修はまったく違ったものだったと語るのは、71年に入社した元朝日新聞記者の前川惠司氏である。「現在では研修にすごく長い時間をかけるようですが、昔は、入社式の研修はそんなに長くありませんでした。偉い人の話を聞いて、すぐ現場という感じ。牧歌的だったですね。『朝日人』なんていう言葉を社内で使ったことはありませんが、昔は社報が『朝日人』というタイトルでした」

ちなみに、現在、社報の名前は「エーダッシュ」となっている。“偉い人”の研修談話が、朝日だけが“正義”の媒体であることを示す内容の年もあった。

朝日新聞社社員が語る。

「自分の時は、テレビ朝日などと合同でやりました。全部で100人くらいでしたね。社会部長を務めていたOBの方が呼ばれて講演をしたのですが、『読売新聞は自民党の機関紙、産経新聞は右翼の機関紙、真の報道機関は朝日新聞だけ』と力説していました

http://news.infoseek.co.jp/article/asageiplus_26151