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:2015/02/15(日) 09:22:59.87 ID:
【話題】韓菓のユネスコ登録が目標・・・韓国の韓菓名匠キムさん

韓菓の世界化目指す名匠「ユネスコ登録が目標」
韓国唯一の韓菓名匠キム・ギュフンさん
チョコレート油菓など170種類を開発、2008年には30億ウォン投じ博物館設立
パリで韓菓展示会…「農業のためにも韓菓に投資を」

 韓菓(韓国の伝統菓子)職人のキム・ギュフンさん(59)は、左手の人さし指の第1関節がない。3年前に薬菓(蜂蜜入りの甘い油菓子)の生地を切っていた際、誤って切断してしまった。キムさんは36年間にわたって韓菓を手掛け、現在の大量生産の工程や個別の包装方法などを開発、韓菓の大衆化をリードしたものの、相変わらず薬菓の生地工程は直接管理しているという。生地を作る過程で水分の量が味を決めるためだ。2005年に国家指定の韓果名人(薬菓・油菓部門)に選ばれ、13年には韓菓部門唯一の「大韓民国名匠」となった。

 先月28日、京畿道抱川市の神宮伝統韓菓の工場で出会ったキムさんは、旧正月の連休を前に生産工程をチェックするため休む間もなかった。「以前に比べればそんなに大変ではありません。ほんの10年前までは、年間売り上げのうち旧正月と秋夕(チュソク、中秋節)の占める割合が80%を超えていましたが、最近では60%台にまで低下しています。これは、韓菓が日ごろから楽しめるお菓子になったという証拠です」

 軍隊に行った妻の弟に代わって薬菓工場を引き受けたのが1979年のことだった。薬菓といえば、もっぱら食べるのみで、それこそ技術的なことなどは何一つとして知らなかった。「一つ一つ手で作っていたため、単価が高かったんです。韓国人が西洋菓子に慣れてしまって、いっそう目を向けてもらえなくなりました。発酵食品である韓菓は体を健康にします。その味の深みは、洋菓子や和菓子と比べられるものではありません。韓菓を大衆化させようと決めたんです」。キム・ギュフンさんは当時、薬菓工場が密集していたソウル中部市場で職人たちに酒をおごりながら作り方を学んだ。これをきっかけにさまざまな薬菓と油菓を開発した。1984年に韓菓の商人が密集していたソウル市麻浦区望遠洞を洪水が襲った。品物を確保できなくなった問屋たちは、キム・ギュフンさんの韓菓に目を向けた。

 これまでキムさんが開発した新しい韓菓は、実に170種類に上る。チョコレートの油菓、トックリイチゴの薬菓など消費者たちの好みに合わせて韓菓を開発した。食べる際に粉がこぼれるという油菓の欠点を補って、一口で食べることができるスモールサイズの油菓を開発したのも、キムさんのアイデアだ。ところでキムさんは、金とは縁がないという。「事業家としては成功しました。しかし、本当にやりたいことは皆が韓菓を楽しめる文化をつくることだったんです」。2008年にキムさんは30億ウォン(約3億2000万円)を投資して抱川に韓菓博物館を設立した。同博物館には、韓菓に関する各種の資料や文化財をはじめ、食器や模型などが展示されている。直接韓菓を作ることができる体験プログラムや教育課程が開設されている。「小さい時に韓菓を味わってこそ韓国の伝統菓子の味が分かるようになる」。キムさんの博物館には年間10万人の観光客が訪れる。

 名人、名匠の認証を受け、博物館も設立したところ、売り上げはむしろ減ってしまった。後輩を育てるために毎年150時間以上も講義した。これまで300人の弟子を輩出し、このうち40人は韓菓関連の事業を興した。「弟子たちが独立した際は取引先を用意しました。私が全て握っていたら、韓菓の大衆化は無理ですから。町内ごとに韓菓の工場があれば、いっそう親しみやすくなりますからね」

 キムさんの事務所の隣には、小さな研究所がある。同研究所には、中国の月餅、日本の和菓子、フランスのマカロンなど世界を代表する菓子が保管されている。キムさんは農業発展のためにも韓菓のようなコンテンツに投資しなければならないと主張する。2008年と10年には、フランスのパリで韓菓展示会を開催した。キム・ギュフンさんの目標は、韓菓文化が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に認定されることだ。韓菓の歴史と製造方法などを記した書籍も2月に発刊する予定だ。「政府は韓菓のユネスコでの認定に関心がないようです。今は一人で挑戦しています。以前、博物館を建てた時も初めはそうでした。韓菓を大衆化し、世界化することが私の使命です」

抱川= キム・チュンリョン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/02/14/2015021400703.html